赤池三男第83号

こんな話 あんな話

ー職人気質の話ー

大きくなったら何になりたい?僕!大きくなったら大工さんになりたい!昔子供達の夢が語っていた。学校帰りの住宅建設の現場で大工さんが、群を作って働いた。大工の仕事ぶりを見ていて、のこぎりで木を見事に切り、鉋で、滑る様に仕上げ、釘を打ち付ける。子供達は憧れていた。目にしみるものが一日になんと釘を打つか。打ち付ける。子供達は憧れていた。

大工は棟梁と呼ばれて尊敬されている。今はいくらも少ないが、職人はあの建物・この建造物は今の建築した匠の技だとされる。ある時代からホワイトカラーが増えた。多くの若者が背広のサラリーマンにもなっていた。束る規範がかつてはつらい事だった。(修行)を修めなければいけない時代もあった。

これからの世にも職人は必要だ。大工業者の推移:昭和25年50万人、55年94万人(約60歳)133万人。▲入職者も10万人(1万7千人)。特に大工の数が激減している。技術が不足だ。教育体系を整えねばならない。若い人材がどんどん入ってきて修業を積み、一人前になって独立してこそ技術を受け継いでいける。会社を退職した者、大工の仕事に魅了される。噂の仕事をする人は下支え職人だ。

話会社に原因を調べてもらった。壁裏が工事の際、電話のコンセントを壊し、工事が終わって再使用に不能になった。▲工事業者もここで対話出来なかった。▲工事業者にはミスの報告義務があり、工事後に不具合に気付いた場合は再施工の義務がある。▲専用具の大工用具も、治具も変わった。▲価格も工法に合った工事費用も変わった。無報酬に法律多く、見えない所こそ職人技がいる。施工管理も工事後の保全、工法も変わり、利用方式も多様だ。

(30・9・1 赤池三男)