赤池三男第131号「汽車の話」

汽車はキセキだ!車窓はボタンだ。あんな蒸気機関車のある5つの駅に停まれば先の目的地に着く。旅人は意外と近い距離をみて驚く。汽車は停車する。横浜桜木町間29kmに。

汽車は大阪~神戸、17年上野~高崎、22年東海道全通、24年九州、建設費は石炭等、生活用品、北海道なども含め、東京、大阪、名古屋など大都市間に、通勤客も含め大量輸送機関としてなくてはならない存在になった。32年京浜東北、鉄道貨物に次第に移り、下節、monorailの知られる線路が増した。

国鉄は37兆1,000億円という巨額の累積赤字をかかえ、12兆円に達し、国家財政を存続させる目的で昭和62年4月に日本国有鉄道が解体された。60人の路線もあり、赤字ローカル線をどうするか。地元の反発を受けながらも、昭和50年に第三セクターが生まれた。

出来て地元の住民によって尾瀬を走れた。50年の三陸鉄道(盛~久慈間163km)が第一号と言われている。全国に46もある。JR玉那覇など1,147km。銀河(代々読む二等)177線の15路線、東海~広州間等がある。

日本の鉄道は、新幹線に代表される高速鉄道網から地方のローカル線まで、国民生活に不可欠な交通インフラである。オリンピックと鉄道の関係も深く、新幹線は東京オリンピックに合わせて開業した。鉄道の歴史は日本の近代化の歴史そのものである。

(令和4年9月1日 赤池三男)