赤池三男第192号「木鐸の話」

平安時代の弘法大師・空海は真言宗派、鎌倉中期時代の日蓮上人は日蓮宗の開祖として有名な二人は我が国では仏教の大僧侶と称されている。二人は青言宗と日蓮宗を各々開創し巡教する姿は、僧の行脚の出で立ちで、僧衣を纏い、菅笠を被り、草鞋を履き、手には数珠、杖を持ち或いは鉦(カネ)を持って各地を巡って布教した鎌倉時代の名僧たちのその鎌倉時代に使われた鉢(金)をチャリンチャリンと鳴らしながらお題目を称えた。

木鐸(ぼくたく)は古代中国で社会の木鐸として「日本新聞の論説」を指し、新聞の存在は、民主主義の伝統を時の権力や政府からの監視として国民を教育する重要な役割を担っていた。情報が少ない時代には国民は新聞を通じて世の中の動きを知り、判断を下す事が出来なかった。荒廃した日本に「資本主義」が「社会主義」のideologyの選択。情報難民になった時代だった。▲毎日新聞(読売新聞)は1874年に創刊、本格的庶民の大新聞、社説は読者に対し、世の人々に情報を提供し触れ合いの場を持ち紡でいる人々に愛される社会を創ろう」。等で、最多発行部数、知識層を対象にした朝日新聞が創刊「不偏不党を地に行って 民主主義に寄与する」▲昭和40年に全国7大新聞大に成長した。▲スポーツ欄しか読まないと言う人は結構多い。しかしスポーツ新聞を購入する必要がない程全国紙は手に入る。指導面値、新聞の情報は信頼できる。▲平成に入って低成長が続き新聞の購読者は減ったが情報のほうから、テレビ、パソコン、スマホの電波から送るようになり今では新聞もデジタル化され、教育で、正しく自由な情報を提供し世の中の人を教え導く信頼の一部がある大きな声で「世の木鐸」と叫ぶ、まさに正義の一端ではないだろうか。▲記者個人も人間だ。新聞は「社会の木鐸」から離し大した存在だが、その一方で報道にたずさわる人間にも過ちはある。人間社会では誰れも認識を誤り独善的になってしまうことがある。

木鐸から「社会の公器」又は十余、新聞違いの誤りが判明されると正誤欄で訂正するようにした。▲新聞は「社会の木鐸」から「社会の公器」に変わったらしい。それでも新聞は読み応え有る記事と楽しみな広告を楽しみにしている潔い名存者(読む人)の宝物。

(令和7年6月1日 赤池三男)