赤池三男第180号「週刊誌の話」

週刊誌の取材を受けたん。"アキ"が週刊誌。記事を読んだ読者の声が寄せられた。"予も見た"と内容についての話題となった。記事への反応は嬉しかった。週刊誌の歴史を紐解くと日本で最初の週刊誌は「週刊」は平成3年末までに429万部を数え、翌年10月発行していた。当時、販売部数を競った二つの週刊誌は、銀幕で見る映画スター、歌手、プロ野球選手の動向を大衆向けに。発行気があった。買えなくなることもあった。

毎日新聞社はサンデー毎日を発行。最盛期には100万部を超えた。休刊になった。販売し、主題に沿って解ける読者が"待遇"と呼ばれるほどの人気を博していた。

嘗て松大な人が「週刊文春」の部数は150万部もあった。賞をいくつも獲得した。週刊誌を発行した。サンデー毎日が最初の週刊誌で発行部数の最盛期は134万だった。令和5年に休刊していた。嶋甘三二編集長は、毎日の食品広告は全養命酒の一社ベーシと辞けり一"養金に"一社だった。武者と編集が頑張った結果で、読者と編集者間の信頼関係が部数に表れた。週刊現代・講談社、ポストと女性セブン・小学館、女性自身・光文社、週刊新潮・新潮社。

主婦と生活社、部数は480~600万台。盛況時には100万部超だったが、活字離れした現在は、週刊文春がトップで50万分程度らしい。

発売の新聞広告は、表題を見ただけで記事の想像が付くほど詳細だ。記事内容は、政治家、皇室の話題、歌手や役者、タレントのスキャンダル、スポーツ関係でMLB大谷翔平選手を記事に取り上げれば、購買意欲が沸く。因みに大宅文庫ニュースで取り上げた令和4年、一年間の登場人物第一位安倍晋三539回、第二位MLB大谷翔平222、第三位羽生結弦202。

嘗て週刊誌と言えば"誹謗記事"や"過激な表現"があって、まともな評価を受けられず「たかが週刊誌が書いているコト」、と信頼が薄かった。日刊新聞ならば、週刊誌で新聞記事を深追いできる組織を、各社が持っているから取材費は安く済む。新聞社の同一記者が深追い記事は真実性を持ち「されど週刊誌」だった。

世田谷区内に在る「大宅文庫」。評論家大宅壮一が没後、自宅を雑誌の専門図書館に改造して公開した。文庫は、"権威在るお堅いもの"でない。週刊誌に限った理由を大宅曰く"週刊誌は~つまらんもの~、大衆に圧倒的に読まれている、今はもう~ゴミ溜めに在る~もの。その時代に何が有って、誰が何をしたかを知る貴重な資料だ。

(令和6年11月15日 赤池三男)